{ 食にまつわるお話 }2019.09.21

化学肥料は悪?

化学肥料は悪なのか? という疑問


環境中に排出される毒物である「農薬」は、そこにいる小さな虫や微生物を殺します。そういう意味でわたしは「悪」と考えますが、病害虫多発時に使えるのはやはり便利なため「必要悪」という感じでしょうか。

農薬は悪、化学肥料も悪、と言う方がいます。「農薬=悪」は、人体への影響はともかく環境に排出される場合の毒性を考えればそう思えますが、化学肥料はなぜ悪なのか。「イメージでなんとなく」という人が多いのではないでしょうか。なぜ、化学肥料=悪のイメージができたのか、まず近代農業の歴史を紐解いてみましょう。

「金肥」と呼ばれた化学肥料


化学肥料・農薬が一般的に利用されるようになったのは、戦後のことです。当時の話を農家に聞いたことがありますが、肥料にはずいぶん苦労したそうです。主に使っていたのは人糞や植物のざんさや草を積み上げた堆肥、魚の干物などでした。昭和生まれの方なら、田んぼの脇に人糞や尿を貯めた肥溜めがあったことを覚えている方もいらっしゃるでしょう。

さて、植物が肥料として使う物質は、主に無機物です。有機物は微生物に分解され、無機物になって吸収されます。そのため、有機肥料は遅効性で、肥効成分もそれほど多くありません。
【政府統計の総合窓口 e-Stage】https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003217945によると、昭和29年頃まで10アール当たりの田んぼの収量は5俵強(約300kg)でした。現在の平均収量は約9俵(540kg)ですから、いかに少なかったかがわかります。


【政府統計の総合窓口 e-Stage】作物統計調査 作況調査(水陸稲、麦類、豆類、かんしょ、飼料作物、工芸農作物) 確報 平成28年産作物統計(普通作物・飼料作物・工芸農作物)より作成

そんななか、化学肥料が登場します。初めて化学肥料を使ったとき、あまりにも収量が上がってビックリしたと農家は言います。10アール当たりの平均的な収量は5俵から6、7俵に、なかには11俵取る人も現れました。速効性があり、重い堆肥や人糞を散布する手間もなく、収量が劇的に上がる化学肥料。お金を払っても手に入れたい! ということで、当時、化学肥料は「金肥」と言われたほどでした。

化学肥料だけを使っていたら・・・


化学肥料で作物がよくできるようになると、農家は畑や田んぼに有機物の投入をしなくなりました。最初の数年は良かったのですが、ある年から見たことのない病気や虫が発生するようになります。これは有機物の投入をやめたために土がやせて微生物が減少したこと、化学肥料の多投が病気や虫の原因になったことなどが考えられます。

今でこそ、有機物を土に入れ、土中の微生物層を豊かにすることがいい作物を取るためには必要とわかっていますが、当時はまだわかっていませんでした。そこで、対処療法として農薬を使います。収量を上げるために化学肥料を多投し、病気や虫を抑えるために農薬を使う。こうして農薬と化学肥料の二人三脚が始まったのでした。

この農業の形に疑問を持った人たちが「有機農業」を始めるわけですが、そこから「農薬&化学肥料はセットで悪」という図式ができあがったのでしょう。しかし最近では、有機質肥料だろうが化学肥料だろうが、与え過ぎはどちらも「悪」だということがわかってきました。

有機でも化学肥料でも与え過ぎは禁物


お米の収量の目標は、有機では8俵と言われます。一般栽培では9俵とか10俵ですから、60~120kg違うということ。収量以外に除草の手間などの手間暇がかかりますから、この違いが価格の違い。有機米が割高になるのは当然と言えます。

少しむずかしい話になりますが、有機肥料も化学肥料も、収量を上げるチッソ分は「アンモニア態窒素」という形をしています。これが土中の微生物に分解されて「硝酸態窒素」になり、植物が吸収します。この部分だけを見て極端なことを言えば、違いは有機質肥料は効くまでに時間がかかる「遅効性肥料」で、化学肥料は投入後すぐに効果が出る「即効性肥料」という部分だけ。どちらがいいとか悪いとかの話ではないとも言えます。

有機農業を始めたばかりのころ、鶏糞堆肥を大量に入れて虫や病気が大発生! なんてことがよく起きますが、「有機だから虫食いがあるのは当然、安全だからOK」などと思ってはいけません。虫や病気はよぶんな肥料分で発生することが多いため、健全に育った作物では発生量が少ないもの。つまり、病虫害が大発生しているのは、健全に育っていない証拠です。有機肥料でも化学肥料でも大切なのは適正な使用量です。「悪」なのは肥料の形ではなく与えすぎということでしょう。

わたしたちは化学肥料だからダメ、有機だからいい、と単純に考えがちですが、どちらも与えすぎは「悪」。大切なのは、土壌中に有機物をきちんと投入して微生物を育て、土壌バランスを整えることです。そのような土から生まれる作物は、おいしくて、病害虫も少ないものです。


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コラム 手島 奈緒

株式会社大地(大地を守る会・現オイシックス・ラ・大地)で編集・広報・青果物仕入れなどを担当し、
おいしいものばかり食べていたせいかおいしいものが大好き。
2010年よりフリーランスライターとして農と食についての情報を発信中。

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