{ 食にまつわるお話 }2020.09.20

ぶどうの早採れ~ほんとうにおいしいぶどうはお店には売っていない?~


ネオ・マスカットが黄色くなってくると独特の香りが出て甘くておいしいぶどうになるのですが、そこまで置いておくと持ちが悪くなるので、ほとんどのネオマスは早採りされています。おいしいぶどうなのに、残念なことです。


ネオ・マスカットの不幸な歴史


引き続き、ぶどうのお話をしていきます。

さて、昔、ネオ・マスカットという品種がありました。最近も時折見かけますが、子どものころは大好きで、ネオ・マスカットを買ってもらえるとウキウキしたものです。独特の香りと味わいは今も口の中に残っています。

さて、このネオ・マスカット、緑色、というか黄緑色のぶどうです。巨峰のような黒いぶどうと違って、緑なので着色にあまり気を使わなくていい、という特徴がありました。

ネオ・マスカットは、きちんと熟すと色合いが黄色みがかった黄緑色になり、独特の香りが出て甘みも強くなります。しかし、緑色で収穫してもそれなりの味はします。というか、どのぶどうも、早採りしてもそこそこ糖度が高く、まあまあ食べられる味にはなっているものです。ということで、着色を気にしなくて良かったことがネオ・マスカットの早採りに拍車をかけることになりました。

前回書いたように、果物は「早く出荷すると良い価格で売れる」という市場の論理があります。ネオ・マスカットの産地・山梨県では、皆が競うように早採りして出荷するようになってしまいました。その結果、ネオ・マスカットはおいしくないと消費者離れが起きてしまったのです。

困った農協は出荷の日程に制限をかけ、おいしいネオ・マスカットを市場に出すようにしたのだそうです。ネオ・マスカットはものすごく儲かったそうから、少しでも早く出して儲けたかったんだなーと素直な農家の欲を感じるエピソードなのですが、その結果、ネオ・マスカットの人気が下がり価格も下がったのですから、本末転倒だったのですね。


シャインマスカットは緑色を保つため、青い袋をかけて育てられます。シャインマスカットも黄色くなると独特のマスカット香が弱まり、ただの甘いぶどうになってしまうため、マスカット香を優先するか、糖度を優先するかがむずかしいところ。微妙なバランスで収穫する農家のシャインマスカットを食べると、他のものは食べられなくなります。

早採りのぶどうにおいしいものはない


そのような闇歴史があるにも関わらず、相変わらず早採り傾向に歯止めはかかっていないようです。これは、店頭に長い間置いておけるという流通・小売の事情のほか、ぶどうが貯蔵できる果物である、という理由もあります。

あまり知られていませんが、例えばタネなしデラウエアは約一ヶ月程度貯蔵できます。本来の食べごろは10月下旬のスチューベンも、貯蔵すれば12月に出荷することが可能です。皆が大好きなシャインマスカットも収穫適期は9月下旬から10月上旬ですが、そもそもはクリスマスシーズンに出荷することを目的に開発された品種で、最近では12月に、貯蔵のシャインマスカットを見かけるようになりました。

ぶどうは長期貯蔵が可能な作物。ただし、それは「早採りすること」が条件になります。

なんてことを知ると、スーパーのぶどうがいつ収穫されたものなのかわからなくなります。先日ナガノパープルを買ってみて、一口食べてみたら皮がふにゃふにゃで酸味が抜けておらず、甘みもコクもいまいちで、これぞ早採り!! という感じで、いつも食べている巨峰のほうが100万倍おいしいと思ってしまいました。

この味がナガノパープルの味だと思ってしまうとしたら、消費者にもナガノパープルにも不幸なことです。そしてその不幸な出会いは毎日どこかで必ず起きているのです。

その品種の本来の味をどのようにしたら楽しめるのか。昨今の早採り傾向にいつ歯止めがかかるのか、それは消費者が賢くなるしかないのかもしれません。

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コラム 手島 奈緒

株式会社大地(大地を守る会・現オイシックス・ラ・大地)で編集・広報・青果物仕入れなどを担当し、
おいしいものばかり食べていたせいかおいしいものが大好き。
2010年よりフリーランスライターとして農と食についての情報を発信中。

WEB ほんものの食べものくらぶ https://hontabe.com
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